【世界が広がる大人のサイエンス】#15 放射線がもつエネルギー【物理学】

先日の記事で、放射線についての解説をさせていただきました。
その後、この記事をご覧になった放射線の専門家の方から「放射線の単位である Gy は、エネルギーを表していることを明確にした方がよい」というご指摘をいただきました。
これまでの記事をご覧いただいた方の中には、ベクレル、グレイ、シーベルトといった単位に対して「正直よくわからない」と感じられた方もいらっしゃったかもしれません。
そこで今回は、放射線がどれほどのエネルギーを持ち、それがなぜ致死的な影響につながるのかという点に絞って解説していきたいと思います。

エネルギーとは?

そもそも、エネルギーとは何でしょうか。
中学校・高校の物理では「エネルギーとは、仕事をする能力である」と定義されます。
しかし、ここでは少し広げて、エネルギー=何かを変化させるための能力と捉えておきましょう。

エネルギーの単位には J(ジュール) が使われます。
一方、食品などでよく使われる cal(カロリー) もエネルギーの単位で、1 cal = 約 4.2 J に換算されます。

放射線の量を表す3つの単位

放射線の影響を考える際、主に次の3つの単位が用いられます。

  • ベクレル(Bq)

     1秒間に壊変する原子核の数(放射能の強さ)

  • グレイ(Gy)

     吸収線量 → 物質1kgあたりが吸収したエネルギー量(J/kg)

  • シーベルト(Sv)

     人体への影響を考慮した線量(等価線量)→ 放射線の種類によって重み付けが異なる

本来、人体への影響を評価する際には Sv を用いる必要があります。
ただし、今回は放射線が持つエネルギーそのものを理解するという目的から、Gy(エネルギー量) に着目して考えていきます。

放射線のエネルギーと致死量

人が半数以上死亡するとされる吸収線量(LD50)は、全身で約4 Gy(=4 J/kg) とされています。
例えば、体重60kgの人に当てはめると、4 Gy × 60 kg = 240 J
つまり、致死量に相当する放射線によって人体が吸収するエネルギーは 240 J です。
これをカロリーに換算すると、240 J ≒ 約 57 kcal
人体全体が致死量の放射線を浴びたときに吸収するエネルギーは、角砂糖1個分にも満たない程度 でしかありません。
ここまで読んで、「それほど小さなエネルギーで、なぜ命に関わるのか?」と違和感を覚えた方も多いのではないでしょうか。

なぜ、わずかなエネルギーで致命的なのか

人の体内の水分量は、体重のおよそ60%とされています。
体重60kgの人の場合、60 kg × 0.6 = 36 kg(=36,000 g)となります。
先ほどの 240 J のエネルギーが、体内の水分全体に均等に分散されたと仮定すると、温度上昇はわずか 約 0.0016 ℃ にすぎません。
体は、ほとんど温まりません。
それでも、細胞は確実に破壊されます。

放射線の本当の怖さ

放射線の怖さは、「エネルギーの大きさ」ではなく「エネルギーの使われ方」 にあります。
放射線は、分子1個、DNAの1本、細胞のごく一部といった極めて重要で微細な場所に、集中的にエネルギーを与えます。
その結果、DNAが切断され、修復が追いつかなくなり、細胞が正常に機能しなくなっていきます。
放射線は「体を温めて壊すエネルギー」ではなく、「体の設計図そのものを壊すエネルギー」 なのです。

放射線とは何なのか?

放射線は、決して「大きなエネルギー」を与えているわけではありません。
それでも、生体にとっては致命的な影響を及ぼします。
それは、ごく小さなエネルギーを、ごく重要な場所に、ピンポイントで与えるという性質を持っているからです。
この性質こそが、放射線が「危険にもなり得る理由」であり、同時に「医療や研究に利用できる理由」でもあります。

とりあえずここで一息

放射線のエネルギーについて、意外に感じられた方も多いのではないでしょうか。
私たちはつい、「危険なもの=大きなエネルギー」と考えがちですが、放射線の場合はそうではありません。
わずかなエネルギーであっても、それが細胞やDNAといった“重要な場所”に集中して作用することで、生体に大きな影響を及ぼします。
だからこそ、放射線は「怖いもの」として避けられる一方で、医療や研究の現場では、慎重に管理された上で人の命や文明社会を支える技術として活用されているのです。

大切なのは、放射線を一面的に見るのではなく、その性質を理解した上で「正しく恐れる」こと なのかもしれません。

今日の問い

  • 「エネルギーの大きさ」だけでなく「エネルギーの使われ方」に目を向けたとき、 放射線に対するあなたの見方は、少し変わったでしょうか?

  • 科学的な性質を理解したうえで考えると、放射線に関する社会的な議論は、どのように進めていくのが望ましいと思いますか?

大人の化学ゼミナール YouTubeライブ配信

今回の記事の内容については、YouTubeチャンネル「大人のサイエンス・コミュニティ」にてライブ配信を行っています。
放射線について、正と負の両面から捉え、ニュートラルに考えています。

次回は 1/25(木)21:00 より配信予定です。

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